やること
「250年継ぎ足した秘伝のタレ」に過去のタレ成分がどれくらい残っているか計算したテレビ番組がありました。
30Lの甕(かめ)から毎日1L使う場合、1年前の成分でさえ0.13mL(≒3滴)しか残っていないとのことです。しかし継ぎ足しシステムの意義は「100年前の成分が有り難い」というお客さん向けのメリットではなく、大将にとってのメリットにあると思います。
ここでは秘伝のタレの継ぎ足しシステムの効果を数値実験で確かめてみましょう。
理論
大将は忙しいので、タレの材料を計量する時間がありません。醤油やみりんを業務用ボトルからドボドボと注ぎます。このタレの全量をそのまま使用してしまうと毎日の味にブレが生じてしまいます。しかし、例えば99Lのタレに1L継ぎ足すのであれば、味が前日と大きく違うことはありません。
要するに指数平滑法(exponential smoothing)をやっているわけです。
αは交換率を意味する係数で、1に近いほど新しい値を重視することになります。
条件1(普通の大将)
まず、次の条件を考えます。
- 甕の容積:30L
- 毎日1Lを消費する/継ぎ足す
- 本来の配合は醤油:みりん=1:1
- 醤油は 0.5±0.2L(SD=0.2L)継ぎ足す
- みりんは (1.0 – 醤油)L 継ぎ足す
この大将は醤油とみりんを同量で混ぜる意思がありますが、どうしてもドボドボがブレてしまうという設定です。
醤油比率=0.5の状態からスタートし、365日間の醤油比率をプロットしました。
これを見ると、醤油比率は45~55%くらいで安定しています。
これを10年間続けて、各年の醤油比率を箱ひげ図でプロットしました。
同量で混ぜる意思があるため、醤油比率=0.5に戻す圧力が常にかかっています。したがって永久にこの傾向が続きます。
ここで、甕の容積を変えて1年目のブレを見てみます。
やはり甕が小さいとブレが大きいですが、30Lもあればそこそこの安定が得られるようです。
次に、消費量(=継ぎ足し量)を変えて1年目のブレを見てみます。
消費量が大きいほどブレも大きくなりました。
条件2(異常な大将)
なんなら醤油とみりんを混ぜる必要もありません。次の条件を考えます。
- 甕の容積:30L
- 毎日1Lを消費する/継ぎ足す
- 本来の配合は醤油:みりん=1:1
- 毎日ランダムに醤油かみりんのどちらかを1L継ぎ足す
この大将はものすごく大雑把な性格で、その日の気分によって醤油だけもしくはみりんだけをドボドボと注ぎます。こんな焼き鳥屋行きたくないですね。
醤油比率=0.5の状態からスタートし、365日間の醤油比率をプロットしました。
さすがにブレが大きいですが、それでも醤油比率はだいたい40~60%に収まっています(収まっていない)。
10年間続けました。
材料が2種類しかないので濃さで言えば2倍くらい変わるようですが、材料が5種類とか10種類もあれば中心極限定理的な感じでより安定するのではないかと思います。
甕の容積を変えて1年目のブレを見てみます。
やはり甕が小さいと、うっかり1週間醤油だけ注いだりして大変なことになるようです。でも100Lあれば平気です。
消費量(=継ぎ足し量)を変えて1年目のブレを見てみます。
そうですよね。タレは節約してうす~く付けてください。
結論
秘伝のタレの継ぎ足しシステムはどうやら大将のためのようです。大将が大雑把な性格でも、甕(かめ)が大きければどうということはありません!