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26-3. 「花には癒し効果がある」で考えるメディアのあり方

はじめに

2020年7月1日に農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)は「花の鑑賞は心身のストレスを緩和する」というタイトルの記事を公開しました。内容はタイトル通りで、ストレスを与えられた人間は花の画像を鑑賞すると他の画像(空、椅子、モザイク)を鑑賞するよりも血圧が下がり、唾液中のコルチゾールの値も下がるという癒し効果が見られたというものです。元論文は2020年5月30日に学術雑誌にアクセプトされています。

(研究成果) 花の観賞は心身のストレスを緩和する | プレスリリース・広報
ポイント 農研機構は、花の観賞が脳の活動に影響を与え、心理的、生理的に生じたスト...

この記事の公開後、身近な科学現象を取り上げるテレビ番組「世界一受けたい授業(日本テレビ)」「所さんの目がテン!(日本テレビ)」がこのネタを取り上げました。ところが、これらの番組は実験結果を示すグラフや表現に曖昧な点が見られました。ここでは元論文の内容を確認し、テレビ番組の問題点を指摘します。

論文の内容

農研機構は筑波大学等との共同研究により、花の鑑賞による癒し効果を心理的、生理的、脳科学的データにより示すために以下のような実験を行いました。

  • 被験者に花等の画像を見せてから、不快な画像を見せて「血圧」を測定する
  • 被験者に不快な画像を見せてから、花等の画像を見せて「血圧」を測定する
  • 被験者に不快な画像を見せてから、花等の画像を見せて「コルチゾール」を測定する
  • その他、被験者に花の画像を見せた際の脳活動の解析

ここでは論文から、血圧とコルチゾールを測定した実験について、方法と結果を以下にまとめました。

血圧の測定

一般に人は心理ストレスを受けると交感神経系の活動が活発になるため、心臓の拍動が速くなるとともに、血圧や体温が上昇することが知られてる(参考:心と体をつなぐ心身相関の仕組みを解明―ストレス関連疾患の新たな治療戦略へ― 日本医療研究開発機構)。したがって、心理的ストレスによって上昇した血圧を下げることができれば、それはストレスの緩和が出来た(=癒し効果があった)といえるだろう。

実験方法

この実験では、不快な画像を見せる [ストレス期] と、花、青空(自然で心地よい)、椅子、モザイク、固定点(人工的で中立的)の画像を見せる [回復期] の2つのフェーズを設けた。回復期に用いる画像はA群(花、モザイク、固定点)とB群(花、青空、椅子)の2セットとした。この2群は実験内容が異なるため、以下にそれぞれの詳細を示した。

A群の実験手順

  1. 花、モザイク、固定点のうち1つの画像を見せる(2秒)
  2. [ストレス期] 不快な画像を見せる(6秒)
  3. [回復期] 黒画面を見せる(26秒)

B群の実験手順

  1. [ストレス期] 不快な画像を見せる(6秒)
  2. [回復期] 花、青空、椅子のうち1つの画像を見せる(26秒)

どちらの群の実験も、3種類の画像で各10回(合計30回)の実験を行い血圧を測定した。

被験者

A群

  • 31名の健常者(男性:18名、女性:13名)
  • 平均年齢:22.0 ± 4.7歳
  • 18歳~45歳

B群

  • 35名の健常者(男性:23名、女性:12名)
  • 平均年齢:24.4 ± 7.6歳
  • 19歳~55歳
実験結果

A群

  • 事前に花を見せた場合の平均血圧は、モザイクや固定点の場合に比べて低かった
  • 事前に花を見せた場合の回復期では、モザイクや固定点の場合よりも血圧の平均減少量が有意に大きかった。(p < 0.05)
  • 事前に花を見せた場合のみ、血圧がbaselineを切ることがあった
  • 事前に花を見せた場合は、モザイクを見た時と比較して早く血圧の減少が始まった
Mochizuki-Kawai H, et al, J Environ Psychol (2020)

B群

  • 花を見せた場合のみ、平均血圧は低い値を維持した
  • 花を見せた場合の血圧が空や椅子の場合よりも有意に低い期間が8秒間存在した(p < 0.05)
Mochizuki-Kawai H, et al, J Environ Psychol (2020)

コルチゾールの測定

コルチゾールは副腎皮質から分泌されるホルモンの一つで、ストレスを受けた時に脳からの刺激を受けて分泌量が増えることから「ストレスホルモン」とも呼ばれています(参考:健康用語の基礎知識 ヤクルト中央研究所)。このコルチゾールを測定することによって被験者のストレス状態を測定しました。

実験方法

血圧測定の実験と同様に、[ストレス期][回復期] の2フェーズを設けた。ストレス期には不快画像を提示し、回復期には花もしくはモザイクの画像を提示した。また、コルチゾール放出の日内変動の影響を最小限にするため、すべての実験は午後(午後2時~午後4時)に行った。

  1. [ストレス期] 不快画像を提示する(4分)
  2. [回復期] 花もしくはモザイク画像を提示する(8分)

ストレス期と回復期において、唾液中のコルチゾールの値を測定し比較した。

被験者
  • 男性32名
  • 平均年齢:21.6 ± 2.0歳
  • 18歳~27歳
  • 女性は月経周期がストレスホルモンの反応性に影響するためコルチゾールの研究から除外した
実験結果
  • 花を見せた場合、回復期にコルチゾールが21%減少した(p < 0.01)
  • モザイクを見せた場合、回復期にコルチゾールの有意な変化は見られなかった

世界一受けたい授業(日本テレビ)

さて、上記の内容は世界一受けたい授業(2020年11月28日)で取り上げられました。

実際のナレーション

今年7月、花には癒し効果があることが実証されたのです。農水省が管理する研究機関「農研機構」の実験によると、被験者にまずヘビなどのネガティブな画像を見せてストレスを与えます。その後、花や青空などいろんな画像を見せて体の変化を測定。すると、ストレスによって上がっていた血圧が花を見た時に最も低下。これは、花がストレス軽減に効果的だということ。さらに、ストレスホルモンであるコルチゾールもおよそ21%減少しました。

表示されたグラフ

血圧

コルチゾール

問題点
  • 赤い棒グラフのような物体に数値が書かれていない
  • 血圧の実験とコルチゾールの実験では方法が大きく異なるのに、ナレーションは血圧の実験方法しか説明せず、コルチゾールの実験も同じ方法であったかのように思わせている
  • 「花は他の画像に比べて効果がある」旨をナレーションしているが、画面には花の結果しか示されていない。

データの見せ方に問題があることは明らかですが、実験条件を正しく把握できていない可能性があります。

所さんの目がテン!(日本テレビ)

また、所さんの目がテン!『“花”のある生活で日々のストレスを軽減』(2021年5月9日)の冒頭でも取り上げられました。

実際のナレーション

最近の研究で、ストレスを与えた被験者に様々な画像を見せたところ、花の画像で最も血圧が低下しストレスが軽減することがわかった。

表示されたグラフ
問題点
  • ストレス期と回復期が示されていない
  • 有意差が見られた期間が示されていない
  • 論文中のグラフと一部異なる(下図で重ねてみました)

もうちょっと丁寧にトレースしてほしかったです。

まとめ

最近は難しい学術論文を数枚のイラストに再編集して発信するTwitterメディアもあります。テレビ番組やTwitterメディアに共通して言えることは、定量性を一切無視して定性的な結果だけを抽出していることです。いやいや、「難しい論文を分かりやすく伝えようとすればある程度は仕方がない」「そうやって重箱の隅をつつく老害がサイエンスの普及を阻害する」という意見もありますが、定量性を無視すると、大昔に問題になった「コゲを食べると癌になる」騒動が再び起きてしまいます。

発信力が乏しい私たちにできることは、こうやって誤りを指摘する情報をコツコツと出していくことです。

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